« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

2012年1月22日 (日)

原発について

ミツバチの羽音と地球の回転』観ました。

それは 当たり前の生活を守るために諦めず 原発反対運動を続けてきた人たちの

信念の強さを感じる映画でした。

その中で、運動されてる祝島の方は

「一日でも長く(準備工事の開始遅延を)引き延ばすことで エネルギーに変化があるかもしれん、原発の状況に何かが起こるかもしれん」と言うようなニュアンスで 

運動の意味を語ってはったんです。

現実に その言葉通りの事になった。まさか そんな最悪の形で原発の(電力会社やら権力側が言う)安全神話が崩れることになるとは・・・・・・。

現に、中電は地元住民の方に対し

『海は絶対に壊れません!』って言うてはったよ。嘘ばっかり。福島で偉いことになってしもうた。もう嘘はつけませんが、その代償はあまりにも悲惨な現実や。

そんな思いも感じながらの鑑賞でしたが、かなり良かったです。

帰宅して 調べているうちに偶然見つけた映像。

こちらも興味深いです。あほか~と言いながらみました。

福島の原子力

子どもたちの夏 チェルノブイリと福島』 これもぜひ観たいです。

2012年1月16日 (月)

和歌の浦

母と母の妹(私の叔母)たち2人と叔父が1人 

計5人。私以外の人の平均年齢は 〇5才

和歌の浦 MANPAリゾートに行きました。

昔は南海のホテル 萬波楼 といったそうです。

母たちも年を取ってきたので 身体が動くうちに三姉妹で楽しもうと言うことらしく

よく 小旅行に行ったり、お出かけしたりしています。

まあ 大阪のおばちゃんが3人寄れば かしましいですわ。Photo

Photo_2

Mannpa

Mannpasinagaki

Mannpaasa

Houraiiwa

2012年1月 2日 (月)

新年を迎えました

皆様 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

更新、なかなか出来ませんが マイペースで続けていきます。

年始にあたり 年賀状をどうするか、年末少し悩みました。

3.11の震災は 戦後類を見ない非常事態でした。

ことに原発の問題は日本全土に渡っての不幸です。

なんにも解決していない。それどころか かの地ではみなが被爆し続けていると思われるのです。いや わたしたちは知らされていないだけで

少なからず誰もが被爆しているのではないでしょうか。

その状況にあって あけましておめでとう と 簡単に言えるのか、と言うこと。

また、年末近くに身近な知人が亡くなりました。

まだまだ 生きて 活躍してほしかった人です。

そのことにも 大変しおれてしまった、と言うこと。

人はいつか死ぬ。病気か事故か事件か自殺か。

先日見たドラマの中で登場人物は病死が一番まっとうな死に方だ と言うてました。

けれど、人生に遣り残した思いのまま 病死することや

その病気の原因が人為的なものにあるとするならば

決して 正統な死に方ではないですよね。

そんな気持ちで迎えた 2012年です。

考えたけれど、やっぱり 私としては

いつもの生活スタイルを変えずに 年賀状は年末ギリギリに書きました。

そして、毎日の生活・仕事の中で

大きなアクションをするわけではなくても

じぶんの出来ること・すべきことを 粛々と 継続して行こうと。

原発問題も 総合福祉法や児童福祉法の行方も 根は同じ。

その目をきちんと開いて見ていこう。

自分の思いだけでは うまく行かないこともたくさんありますが

諦めたらあかんことが何か 見極めながら 進んでいきたいと思います。

2012年5月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

Twitter

無料ブログはココログ