いつも その近い日に 西本願寺に行きます。
GWのさなか 家族で行ってきました。
その後の京都
実は 横を通っただけです。
京都は 名所旧跡の街
神社・仏閣がたくさんあるので
観光資源としては
あまり必要ないかもですが
結構 人が集まっているようでした。
これはね 伊勢丹の屋上のヘリポート
伊勢丹の袋って
ほんまにCOWCOWの服と同じ柄やった
今日まで知らんかった
それから ここ
こんな感じ・・・
裏に 小さなお庭
実は ケーキセットなんだぜ~
今日のおすすめコーヒー
グァテマラ
シフォンは ふんわりやわらかくって
適度な甘さ おいしかった!
元々は普通の民家だったところで開いたお店だぜ~
押入れだったのかと思われる棚には
週刊誌 絵 本
オーディオセットから流れてる曲は
浜田省吾
ここのマスターさんがファンさんだそうで
私の弟は
この流れてる曲 何や? と
オーディオセットの前に立って
そこで耳を寄せたって
あかんやろ
スピーカーは そこにはないぜ~
ってことで こんなお店
ケーキもジャムも手作り
オムライスもおいしいそうです。
ここだぜ~(すぎちゃんが気に入ってる私でした)
この春 人事異動がありまして
うちの会社の同じ部内同じ部署の中で異動しまして
ちょっと バタバタした年度初めを迎えました。
この週末、貞ちゃんのライブがなければ 自宅から出ずに居たことでしょう。
貞一がGONNAのプレイヤーとして舞台に立つのは
これが最後と聞いたならば それは名古屋まで行くべしで
行きはアーバンライナー
帰りはのぞみ 日帰りで行ってきました。
涙 涙
貞ちゃん自身が どこかへ行くわけでもないし
もう会えないわけでもないのだけれど
1つの時代が終わったな、と。
それが自分にとっても 貞ちゃんとの思い出を
完璧にどこかにしまいこんで
時々懐かしむものに してしまうことなんだな、と
そういう切なさも こみ上げてきたのでした。
演奏はいつもどおり 和太鼓のプロ集団 数々あるけれど
GONNAは 最高!
貞ちゃんの踊りには この舞台だけではない
これまでのプレイヤー貞一としての歴史を感じました。
それこそ W座時代の研修生や歌舞の舞台に出ていた頃からの。。。
屋台 三宅 良かったなあ。
指導を受ける側からの捉え方でしかなかった曲
これもGONNA ならではの 迫力だけではないアレンジ。
とにかくずっと太鼓打ちでいたかっただろう貞一の夢は
1つ句読点 打ったんやんね。
そのあとの道、どう思い描いていたのでしょうか。
予想だにしていなかったのか 流れに任せて ということなのか
ファンとしては 考えられない道だけれど
貞ちゃんは 何をするにも 自分の思いを突き進み
周囲の人に 愛されながら 来たし これからも行くのでしょう。
頑張ってね!
一年が経ちました。
日本は復興しているのか
人間がその能力を越えた抑制できない力を持ってしまったことを
きちんと反省できているのか
そう思わずにおれません。
何をすることが 一歩進むことになるのか
地域にいて原発事故と津波の大きな被害を受けた方も
地域外に居て 思いをはせる人も
それぞれに 一歩の踏み出し方は違うのでしょう。
でも 私は
ふるさとを守ること 人の命・くらしを守ることは
かの地を『汚染地区』として閉鎖することからしか
始まらないと思えてなりません。
脱原発! 反原発!
福島原発が いまだ周辺に
放射能を撒き散らしながら
あり続けていることを
もっと正確に 国民に周知してほしい。
アテルイを観に行けなかった 今日。
無事 お仕事終わりました。
行けなくなった私の代わりに 観てきてとお願いした友人に聞きました。
友人も急に用ができたとのことで 高校生のお譲ちゃんM子ちゃんが行ってくれたそうです。
M子ちゃん情報によると なんでもキャスティングには出てない役者さんも
群舞に加わってはったそうですやん。
へ~~~ やっぱ 気合入った舞台やったのでしょうね。
アテルイの群舞は 踊り手の人数が1人でも多くなると
本当に印象が違うでしょうしね。
踊り手が多いことで迫力が増すと言うことでは
アテルイに限ったことではないのでしょうが、
最初の多人数のシーンと 最後の戦いのあとの日高見川のシーンとで
対比がはっきりするくらい
最初の群舞は その人の多さに意味があるもんね。
それからM子ちゃんもね 観客の拍手の仕方について 言うてましたよ。
私と同じような感じ方やわ。歌が終わりきらないのに始まる 猛烈な拍手。
なんか 違うと思ってしまう。
舞台上の人数の多さと迫力とで 会場の空気がハイテンションになってたのかもしれんけれどね~
けど とにかくM子ちゃんは 楽しんでくれたので 良かった~
18日は京都会館でわらび座『アテルイ』を観ました。
そして、今日19日は思い立って映画『子どもたちの夏 チェルノブイリと福島』を見ました。
結論から言うと、どちらも私のイメージしていたものと違いました。ちょっと残念。
わらび座は おもひで班からベテラン4人の助っ人があり
エミシの群舞など 見ごたえが増しました。
でも なんかしっくりこないよなあ という間もあり
それはそれで レア物として楽しみましたけれどね。
映画は いや 大きな意味をもつ内容だったのです。
原発事故のもたらすもの その地域で今も生き続ける意味
チェルノブイリと福島で実際に暮らす人への取材からなるドキュメントでしたが
映画として 面白くないのですよね。飽きる。
それに やっぱりこうなると実際に住み続ける人の存在は否定できないやんかってことになるんですよね。
その人の意思や その人たちの尊厳の問題ではなく
あかんやろ と思うわけです。
また 違う形で作られた 原発問題の映画を見たいものです。
上映されてた第七藝術劇場 そのものは いいとこでした。
『ミツバチの羽音と地球の回転』観ました。
それは 当たり前の生活を守るために諦めず 原発反対運動を続けてきた人たちの
信念の強さを感じる映画でした。
その中で、運動されてる祝島の方は
「一日でも長く(準備工事の開始遅延を)引き延ばすことで エネルギーに変化があるかもしれん、原発の状況に何かが起こるかもしれん」と言うようなニュアンスで
運動の意味を語ってはったんです。
現実に その言葉通りの事になった。まさか そんな最悪の形で原発の(電力会社やら権力側が言う)安全神話が崩れることになるとは・・・・・・。
現に、中電は地元住民の方に対し
『海は絶対に壊れません!』って言うてはったよ。嘘ばっかり。福島で偉いことになってしもうた。もう嘘はつけませんが、その代償はあまりにも悲惨な現実や。
そんな思いも感じながらの鑑賞でしたが、かなり良かったです。
帰宅して 調べているうちに偶然見つけた映像。
こちらも興味深いです。あほか~と言いながらみました。
『福島の原子力』
『子どもたちの夏 チェルノブイリと福島』 これもぜひ観たいです。
皆様 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
更新、なかなか出来ませんが マイペースで続けていきます。
年始にあたり 年賀状をどうするか、年末少し悩みました。
3.11の震災は 戦後類を見ない非常事態でした。
ことに原発の問題は日本全土に渡っての不幸です。
なんにも解決していない。それどころか かの地ではみなが被爆し続けていると思われるのです。いや わたしたちは知らされていないだけで
少なからず誰もが被爆しているのではないでしょうか。
その状況にあって あけましておめでとう と 簡単に言えるのか、と言うこと。
また、年末近くに身近な知人が亡くなりました。
まだまだ 生きて 活躍してほしかった人です。
そのことにも 大変しおれてしまった、と言うこと。
人はいつか死ぬ。病気か事故か事件か自殺か。
先日見たドラマの中で登場人物は病死が一番まっとうな死に方だ と言うてました。
けれど、人生に遣り残した思いのまま 病死することや
その病気の原因が人為的なものにあるとするならば
決して 正統な死に方ではないですよね。
そんな気持ちで迎えた 2012年です。
考えたけれど、やっぱり 私としては
いつもの生活スタイルを変えずに 年賀状は年末ギリギリに書きました。
そして、毎日の生活・仕事の中で
大きなアクションをするわけではなくても
じぶんの出来ること・すべきことを 粛々と 継続して行こうと。
原発問題も 総合福祉法や児童福祉法の行方も 根は同じ。
その目をきちんと開いて見ていこう。
自分の思いだけでは うまく行かないこともたくさんありますが
諦めたらあかんことが何か 見極めながら 進んでいきたいと思います。
またしても
知人があの病気に 倒れてなくなった。
同じ年代の方
私とは同じ趣味で知り合った方。
お通夜に伺いました。
職場関係でも 太鼓関係でも 見知った方が多い。
知人らしいお顔で 安らかに眠ってはりました。
さあ 今日は これからやっと年賀状に取り掛かるのだけれど
定年そこそこの方が2人もなくなり
めでたいなあ と言う気持ちになかなかなれません。
社会的にも 明るい日本ではないしね。
底抜けにめでたいと 言うことではなく
新年を迎えるにあたっての 心構えのために
書きます。
どこにも出かけたくないし
何もしたくない
こんな日が周期的にやってきます
大体が 忙しいほうが好き
と言うか 例えば職場で 何もせずに居るなんて考えられない
毎回の休日に 自宅で過ごす以外何もないなんて 考えられない
でも 実は 何もせずじっと座っていることも得意なんですよね
今日は 何もせず じっと座っていたい日でした
まあ そういう訳にもいかないので必要最低限には動きますけど
ところで
昨日 パパのお見送りに太鼓を演奏した時
私はボルト3丁掛けの締めを叩いたんやけど
最初の一発で バチが折れたんです
もう何年も使っていなかったバチなので
もろくなってたのかもしれませんけど
パパが 力抜けよ~って言ってるようでした
しかも 折れてもうまくくっついていて
予備が全くない状況やったので
最後まで演奏できたのも ありがたかった
そんなこと 振り返りながら
昨日のことや パパとの演奏のこと
チームの運営やら 太鼓購入の時のいろいろあったこと
思い出しています
良いお別れが出来ました。
生前のお人柄・人徳が 出ていました。
出棺の時には『K』の演奏に加わらせていただきましたよ。
新旧メンバー 入り乱れ、とにかくその場に居た
チームのメンバーは過去も現もみんなで 演奏しました。
すごく良い演奏になったよ パパはきっと◎くれたと思う。
同窓会のような演奏だった。こんな機会をくれた
パパとパパのご家族に感謝します。
そして、パパらしいお顔で 眠ってはった。
パパ、これまで 本当にありがとう!お世話になりました。
病気がわかってから 3ヶ月。
余命3ヶ月と言われても それが当たらないことってあるんじゃないの?!
なんで その通りに逝ってしまったのか・・・・・
明るい人だったんです、パパは。
お見舞いに行った人が みな 元気付けられるくらい。
まりこさんに 『泣いたらあかんやん パパが泣いたらあかんて 言うてたやろ』って
諭されてしまたけれど、私はやっぱりそこまで達観できません。
パパと一緒に 歌ったり、わらび座にも行きました。
あの時は パパは観光と撮影専門でした。
その後、和太鼓のチームで一緒に活動し
太鼓センターの講習を受けに行くときも
わらび座の響を観にいくときも
よく 一緒に連れ立って行ったものです。
私は夫人とも仲良くしてもらって ヨサコイソーランやってました。
南中ソーランを習いに行ったり 北海道にも一緒に行ったし
なんだか この20年ほど、ご夫妻とは一緒に居ることが多かった。
そのパパが こんなに早く逝ってしまうなんて。
ボーっとしてると 悲しくて 悲しくて 涙がこみ上げるんです。止められへんもん。
明日、パパの棺をお見送りする時、太鼓の演奏をするんだって。
私も 叩かしてもらいます。貞ちゃんが作った曲です。
わたしたちが 一番最初に 貞ちゃんに教わった曲です。
また 大事な友人が逝ってしまいました。
友人 と言い切ると 実はおこがましい。
人生で言うと 大先輩です。
私が 和太鼓や民舞とであった頃にお知り合いになりました。
そのうちに 和太鼓に対する思いや 価値観が一致し
一緒に小さなグループで演奏するようになりました。
お世話になってばかり いつも グループの支え役
ご意見番で 若いメンバーに渇を入れてくれたパパさん。
最後まで パパさんらしい人生だったかなあ
遣り残した思いは 大きかったのかなあ
とても悲しい訃報です。
先日稲スポの説明会のあと、府の委員会がありーの
議会最終日を迎え議案の審議がありーのしたようです。
結局、利用者や周辺市に 理解を得られてないので
採択できない。継続審議 となったようです。
これって 知事がこの条例案は取り下げますと
一言言えばすむ話やのに なんでこだわるんかわからへん。
そんなに前知事の事が こわいんやろか。
今日、テレビのニュースで 稲スポの問題が取り上げられてた。
その中で 新知事は「児童の福祉施設のために 新たな土地を探すのは困難」と
言うてましたけれどね
先日の説明会の中で 『稲スポの施設を転用しないで他の場所に作ればいいのでは?』と
府民から質問が出た折に 当局はなんて答えたかと言うと
「そもそも 児童福祉施設を作るために廃止することになったのではない」と明言したのです。
財政再建のため障害福祉で何を切るのか と言う視点で出された廃止案だということです。
前知事が 稲スポを廃止して 社会的な問題となっている児童虐待の保護施設にするねんと
社会のウケが良い様に公言したことで いかにも児童福祉施設か障害者のスポーツか
のようになってるけれど それはマジックですよね。
利用者の反対運動も盛んやし、周辺市からも良い返事をもらえてない。
府議会の中でも、知事の提案に理解を示している会派でも継続審議
あとは反対。賛成はないのに なんで廃案にしないの??です。
前知事の口のうまさ一本で 国政もねらえるとおもてるんやろうか。
わがの給料は 税金から出てるんやで。府民のための行政やのに
なんで前知事のため、わが懐が豊かになるためにしか 仕事できへんのか?!
小耳に挟んだ話によると、継続審議につぐ継続審議でやりすごし
つまりは ずっと現状のまま使えるってことにするらしいです。
だってね 被虐待児の一時保護施設というのは シェルター機能の入所施設やから
今の利用者と共存なんて そもそもありえないし
施設設備もスポーツ施設がそのまま使えるわけではないから
更地にして立て直すつもりやったらしいので
継続審議で 現在の利用者がいる限りは 出来ないんだって。
私もいくら綺麗な施設でも 日中にスポーツをするために通ってくる施設が
傷ついたこどもたちが安心して住まえる施設には ならんと思う。
共存すると言うことは どちらにとっても中途半端な状況で
お互いいたわりあう気持ちがあっても 相容れない結果になるはず。
結局は 知事って言うのは 社会的弱者の立場に立って
その困り感を共感できる力を持ってないってことやんなあ。
利用者の理解が得られるように努力しはるらしいけれど
そもそも 周辺の市に事業を委託してほしいわけではなく
府の事業だからこそ意味を見出して 利用者が増えているのだから
理解なんて 出来るわけがない!!
そりゃあ 社会人である限り 自分の言葉には責任もたんとあかんてことは
当然なんやけれど
ことに行政にの立場で市民・府民に話しをする場合
心情ではモノを言えないよね。事実のみしか言えない。
今日 稲スポの説明会に参加したけれど
どうも そういう 言えないこと はあるのかなあ と感じた。
府の方針で財政再建をすることになった。
どの部門でも予算を削減しなあかん。
障害福祉でもやらんとあかん。
そこで、稲スポは府民が仰山利用してるけど
一般市民の福祉は市の事業で面倒見るべきであって
府は 障害があっても 才能豊かな人や 一部のアスリートなど
特別な立場の人のために事業展開すべきであるから
これは 周辺各市でなんかやらせたらええのや。
せやから 稲スポは廃止しよ。
せやけど せっかく府の持ち物が1つ空くんやし
社会的な問題となってる
被虐待児をそこに住まわせたらいいんと違うかと考えた。
ところが 半年前の議会でそれを発表したら
偉い 利用者の反発が出た。
テレビのニュースまで取材に来た。
ほんなら 代替として 周辺の市に受け入れさせよと
担当課長に聞いて 空いてる場所を書き出したけど
また 内容が甘いと 反発は高まるし
市のほうも 全会派の議員が 廃止案に反対と言うてきた。
せやから 今のままでは出来へんから ちょっとは考えよかなあ。
被虐待児がつかわへんと分かってる時間帯やったら
使ってもろたら ええんとちゃうか。
せやけど 現時点では 廃止案が出されたという状況から動いてないし
それを 他の言い方で府民説明のしようもないしなあ。
まあ とりあえず 議会の決定待ちやな。
それまでは 廃止の方向で とりあえず準備しとくしかないし。
みたいなことを言うてはるように聞こえるんですよね。
しかし・・・・議会で否決される事案なんて ほとんどありませんよねえ。
利用してる人の立場に立ってない切り方。
児童福祉施設にする て言うけれど
それにしたって当の児童の立場に立って考えてるとは思えない。
財政再建ありきで 切っていくことが前提にあるんやもんね。
それも 利用者があまりなくて閑散としてる施設っていうのやないし。
こんなに 利用者がたくさんある施設・事業を廃止して
なんでWTCビルを買ったんか わからんわ。
行政は株式会社やないねんから 収益上げるために存在するん違うやん。
常に 行政は福祉の立場で 一般企業が出来ない 収益につながらないことこそ
担うべきなん違うんか。
弱い立場の人の声に 誠実に答えようという心はないんか。
説明会に出席してはった 〇長さんたち。
皆さんの声を聞いて辛いです って言うわりに ニヤニヤして聞いてる。
またおんなじ話かとばかりに 居眠りしてる。
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