原発について

ミツバチの羽音と地球の回転』観ました。

それは 当たり前の生活を守るために諦めず 原発反対運動を続けてきた人たちの

信念の強さを感じる映画でした。

その中で、運動されてる祝島の方は

「一日でも長く(準備工事の開始遅延を)引き延ばすことで エネルギーに変化があるかもしれん、原発の状況に何かが起こるかもしれん」と言うようなニュアンスで 

運動の意味を語ってはったんです。

現実に その言葉通りの事になった。まさか そんな最悪の形で原発の(電力会社やら権力側が言う)安全神話が崩れることになるとは・・・・・・。

現に、中電は地元住民の方に対し

『海は絶対に壊れません!』って言うてはったよ。嘘ばっかり。福島で偉いことになってしもうた。もう嘘はつけませんが、その代償はあまりにも悲惨な現実や。

そんな思いも感じながらの鑑賞でしたが、かなり良かったです。

帰宅して 調べているうちに偶然見つけた映像。

こちらも興味深いです。あほか~と言いながらみました。

福島の原子力

子どもたちの夏 チェルノブイリと福島』 これもぜひ観たいです。

2012年1月16日 (月)

和歌の浦

母と母の妹(私の叔母)たち2人と叔父が1人 

計5人。私以外の人の平均年齢は 〇5才

和歌の浦 MANPAリゾートに行きました。

昔は南海のホテル 萬波楼 といったそうです。

母たちも年を取ってきたので 身体が動くうちに三姉妹で楽しもうと言うことらしく

よく 小旅行に行ったり、お出かけしたりしています。

まあ 大阪のおばちゃんが3人寄れば かしましいですわ。Photo

Photo_2

Mannpa

Mannpasinagaki

Mannpaasa

Houraiiwa

2012年1月 2日 (月)

新年を迎えました

皆様 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

更新、なかなか出来ませんが マイペースで続けていきます。

年始にあたり 年賀状をどうするか、年末少し悩みました。

3.11の震災は 戦後類を見ない非常事態でした。

ことに原発の問題は日本全土に渡っての不幸です。

なんにも解決していない。それどころか かの地ではみなが被爆し続けていると思われるのです。いや わたしたちは知らされていないだけで

少なからず誰もが被爆しているのではないでしょうか。

その状況にあって あけましておめでとう と 簡単に言えるのか、と言うこと。

また、年末近くに身近な知人が亡くなりました。

まだまだ 生きて 活躍してほしかった人です。

そのことにも 大変しおれてしまった、と言うこと。

人はいつか死ぬ。病気か事故か事件か自殺か。

先日見たドラマの中で登場人物は病死が一番まっとうな死に方だ と言うてました。

けれど、人生に遣り残した思いのまま 病死することや

その病気の原因が人為的なものにあるとするならば

決して 正統な死に方ではないですよね。

そんな気持ちで迎えた 2012年です。

考えたけれど、やっぱり 私としては

いつもの生活スタイルを変えずに 年賀状は年末ギリギリに書きました。

そして、毎日の生活・仕事の中で

大きなアクションをするわけではなくても

じぶんの出来ること・すべきことを 粛々と 継続して行こうと。

原発問題も 総合福祉法や児童福祉法の行方も 根は同じ。

その目をきちんと開いて見ていこう。

自分の思いだけでは うまく行かないこともたくさんありますが

諦めたらあかんことが何か 見極めながら 進んでいきたいと思います。

2011年12月31日 (土)

続いての不幸

またしても

知人があの病気に 倒れてなくなった。

同じ年代の方

私とは同じ趣味で知り合った方。

お通夜に伺いました。

職場関係でも 太鼓関係でも 見知った方が多い。

知人らしいお顔で 安らかに眠ってはりました。

さあ 今日は これからやっと年賀状に取り掛かるのだけれど

定年そこそこの方が2人もなくなり

めでたいなあ と言う気持ちになかなかなれません。

社会的にも 明るい日本ではないしね。

底抜けにめでたいと 言うことではなく

新年を迎えるにあたっての 心構えのために

書きます。

2011年12月25日 (日)

無為に過ごす

どこにも出かけたくないし

何もしたくない

こんな日が周期的にやってきます

大体が 忙しいほうが好き

と言うか 例えば職場で 何もせずに居るなんて考えられない

毎回の休日に 自宅で過ごす以外何もないなんて 考えられない

でも 実は 何もせずじっと座っていることも得意なんですよね

今日は 何もせず じっと座っていたい日でした

まあ そういう訳にもいかないので必要最低限には動きますけど

ところで

昨日 パパのお見送りに太鼓を演奏した時

私はボルト3丁掛けの締めを叩いたんやけど

最初の一発で バチが折れたんです

もう何年も使っていなかったバチなので

もろくなってたのかもしれませんけど

パパが 力抜けよ~って言ってるようでした

しかも 折れてもうまくくっついていて

予備が全くない状況やったので

最後まで演奏できたのも ありがたかった

そんなこと 振り返りながら

昨日のことや パパとの演奏のこと

チームの運営やら 太鼓購入の時のいろいろあったこと

思い出しています

2011年12月24日 (土)

告別式でした

良いお別れが出来ました。

生前のお人柄・人徳が 出ていました。

出棺の時には『K』の演奏に加わらせていただきましたよ。

新旧メンバー 入り乱れ、とにかくその場に居た

チームのメンバーは過去も現もみんなで 演奏しました。

すごく良い演奏になったよ パパはきっと◎くれたと思う。

同窓会のような演奏だった。こんな機会をくれた

パパとパパのご家族に感謝します。

そして、パパらしいお顔で 眠ってはった。

パパ、これまで 本当にありがとう!お世話になりました。

2011年12月23日 (金)

泣きました

病気がわかってから 3ヶ月。

余命3ヶ月と言われても それが当たらないことってあるんじゃないの?!

なんで その通りに逝ってしまったのか・・・・・

明るい人だったんです、パパは。

お見舞いに行った人が みな 元気付けられるくらい。

まりこさんに 『泣いたらあかんやん パパが泣いたらあかんて 言うてたやろ』って

諭されてしまたけれど、私はやっぱりそこまで達観できません。

パパと一緒に 歌ったり、わらび座にも行きました。

あの時は パパは観光と撮影専門でした。

その後、和太鼓のチームで一緒に活動し

太鼓センターの講習を受けに行くときも

わらび座の響を観にいくときも 

よく 一緒に連れ立って行ったものです。

私は夫人とも仲良くしてもらって ヨサコイソーランやってました。

南中ソーランを習いに行ったり 北海道にも一緒に行ったし

なんだか この20年ほど、ご夫妻とは一緒に居ることが多かった。

そのパパが こんなに早く逝ってしまうなんて。

ボーっとしてると 悲しくて 悲しくて 涙がこみ上げるんです。止められへんもん。

明日、パパの棺をお見送りする時、太鼓の演奏をするんだって。

私も 叩かしてもらいます。貞ちゃんが作った曲です。

わたしたちが 一番最初に 貞ちゃんに教わった曲です。

2011年12月22日 (木)

悲しい知らせ

また 大事な友人が逝ってしまいました。

友人 と言い切ると 実はおこがましい。

人生で言うと 大先輩です。

私が 和太鼓や民舞とであった頃にお知り合いになりました。

そのうちに 和太鼓に対する思いや 価値観が一致し

一緒に小さなグループで演奏するようになりました。

お世話になってばかり いつも グループの支え役

ご意見番で 若いメンバーに渇を入れてくれたパパさん。

最後まで パパさんらしい人生だったかなあ

遣り残した思いは 大きかったのかなあ

とても悲しい訃報です。

稲スポのニュース

先日稲スポの説明会のあと、府の委員会がありーの

議会最終日を迎え議案の審議がありーのしたようです。

結局、利用者や周辺市に 理解を得られてないので

採択できない。継続審議 となったようです。

これって 知事がこの条例案は取り下げますと

一言言えばすむ話やのに なんでこだわるんかわからへん。

そんなに前知事の事が こわいんやろか。

今日、テレビのニュースで 稲スポの問題が取り上げられてた。

その中で 新知事は「児童の福祉施設のために 新たな土地を探すのは困難」と

言うてましたけれどね

先日の説明会の中で 『稲スポの施設を転用しないで他の場所に作ればいいのでは?』と

府民から質問が出た折に 当局はなんて答えたかと言うと

「そもそも 児童福祉施設を作るために廃止することになったのではない」と明言したのです。

財政再建のため障害福祉で何を切るのか と言う視点で出された廃止案だということです。

前知事が 稲スポを廃止して 社会的な問題となっている児童虐待の保護施設にするねんと

社会のウケが良い様に公言したことで いかにも児童福祉施設か障害者のスポーツか 

のようになってるけれど それはマジックですよね。

利用者の反対運動も盛んやし、周辺市からも良い返事をもらえてない。

府議会の中でも、知事の提案に理解を示している会派でも継続審議

あとは反対。賛成はないのに なんで廃案にしないの??です。

前知事の口のうまさ一本で 国政もねらえるとおもてるんやろうか。

わがの給料は 税金から出てるんやで。府民のための行政やのに

なんで前知事のため、わが懐が豊かになるためにしか 仕事できへんのか?!

小耳に挟んだ話によると、継続審議につぐ継続審議でやりすごし

つまりは ずっと現状のまま使えるってことにするらしいです。

だってね 被虐待児の一時保護施設というのは シェルター機能の入所施設やから

今の利用者と共存なんて そもそもありえないし

施設設備もスポーツ施設がそのまま使えるわけではないから

更地にして立て直すつもりやったらしいので

継続審議で 現在の利用者がいる限りは 出来ないんだって。

私もいくら綺麗な施設でも 日中にスポーツをするために通ってくる施設が

傷ついたこどもたちが安心して住まえる施設には ならんと思う。

共存すると言うことは どちらにとっても中途半端な状況で

お互いいたわりあう気持ちがあっても 相容れない結果になるはず。

結局は 知事って言うのは 社会的弱者の立場に立って

その困り感を共感できる力を持ってないってことやんなあ。

利用者の理解が得られるように努力しはるらしいけれど

そもそも 周辺の市に事業を委託してほしいわけではなく

府の事業だからこそ意味を見出して 利用者が増えているのだから

理解なんて 出来るわけがない!!

2011年12月18日 (日)

稲スポ 説明会

そりゃあ 社会人である限り 自分の言葉には責任もたんとあかんてことは

当然なんやけれど

ことに行政にの立場で市民・府民に話しをする場合

心情ではモノを言えないよね。事実のみしか言えない。

今日 稲スポの説明会に参加したけれど

どうも そういう 言えないこと はあるのかなあ と感じた。

府の方針で財政再建をすることになった。

どの部門でも予算を削減しなあかん。

障害福祉でもやらんとあかん。

そこで、稲スポは府民が仰山利用してるけど

一般市民の福祉は市の事業で面倒見るべきであって

府は 障害があっても 才能豊かな人や 一部のアスリートなど

特別な立場の人のために事業展開すべきであるから

これは 周辺各市でなんかやらせたらええのや。

せやから 稲スポは廃止しよ。

せやけど せっかく府の持ち物が1つ空くんやし

社会的な問題となってる

被虐待児をそこに住まわせたらいいんと違うかと考えた。

ところが 半年前の議会でそれを発表したら

偉い 利用者の反発が出た。

テレビのニュースまで取材に来た。

ほんなら 代替として 周辺の市に受け入れさせよと

担当課長に聞いて 空いてる場所を書き出したけど

また 内容が甘いと 反発は高まるし

市のほうも 全会派の議員が 廃止案に反対と言うてきた。

せやから 今のままでは出来へんから ちょっとは考えよかなあ。

被虐待児がつかわへんと分かってる時間帯やったら

使ってもろたら ええんとちゃうか。

せやけど 現時点では 廃止案が出されたという状況から動いてないし

それを 他の言い方で府民説明のしようもないしなあ。

まあ とりあえず 議会の決定待ちやな。

それまでは 廃止の方向で とりあえず準備しとくしかないし。

みたいなことを言うてはるように聞こえるんですよね。

しかし・・・・議会で否決される事案なんて ほとんどありませんよねえ。

利用してる人の立場に立ってない切り方。

児童福祉施設にする て言うけれど

それにしたって当の児童の立場に立って考えてるとは思えない。

財政再建ありきで 切っていくことが前提にあるんやもんね。

それも 利用者があまりなくて閑散としてる施設っていうのやないし。

こんなに 利用者がたくさんある施設・事業を廃止して

なんでWTCビルを買ったんか わからんわ。

行政は株式会社やないねんから 収益上げるために存在するん違うやん。

常に 行政は福祉の立場で 一般企業が出来ない 収益につながらないことこそ

担うべきなん違うんか。

弱い立場の人の声に 誠実に答えようという心はないんか。

説明会に出席してはった 〇長さんたち。

皆さんの声を聞いて辛いです って言うわりに ニヤニヤして聞いてる。

またおんなじ話かとばかりに 居眠りしてる。

2011年12月11日 (日)

うたごえの演奏会

衛都連合唱団の演奏会に行ってきました。

知人がステージに立つと言うことで チケットを買っていました。

私自身は 合唱経験はありますが

うたごえ運動に しっかり関わったことは実はありません。

でも うたごえは大好き!

今日の演奏内容は 多岐にわたり4部構成でしたが

かなり楽しめた舞台構成になっていたし

少人数なのに 男声の活躍が演奏を支え

楽曲に幅を持たせていることが感じられました。

うたごえと言えば わらび座はうたごえ運動の中で結成されたはずですね。

今は 社会の状況も変わっているし

何より プロとして、運動体としてではなく会社運営としての劇団ですもんね。

けれど どうしてもその主張には

民主運動が目指してきたこと、大事にしてきたことを求めたいです。

そもそも舞台芸術というものが 自由に主義主張の制約もなく

それぞれの表現の場として成立するためには

社会が平和である事、豊かであることが必要ですから

そんなに相容れないことではないとは思うんですけど

やっぱり 運動を進めるためだけにするのではなく

大所帯が生活できるためにするとなると 

舞台に何を乗せるか 変わっても仕方ないとは思うんですがね。

関西ではうたごえと言うと関西合唱団。

私は研究生になるという道に出会わなかったけど

研究生や団員の人は身近にいたりします。

そういえば 〇〇〇ちゃんのお母さんも

関西合唱団民謡班わだちにおられましたね~

2011年12月10日 (土)

そして・・・・アテルイ

クレオ大阪中央は 大阪市立の会館やけれど、ここでわらび座を観るのは はじめて。

大阪市は たくさん文化施設があるものねえ。クレオもあちこちにある。

けど、こういうとこって閉まるの早いし 搬出入口も不便そう。

ただ、今は大阪市の行政については なんともコメントしがたいな。

どうあるべきか その先が 新市長の構想につながるべきとも思えないしね。

さて その会場の ロビーはそんなに広くないけれど

内階段からも外階段からもエレベーターからも入れて

どこからでも入れる感じ・・・すごいなあ。

マチネは14時開場だけど 当たり前に13時半頃には たくさんの

おじさまおばさまたちが わいわいがやがやと集まって来る。

今日はまた 特別に寒い日になったからか

ホールのドアは閉めていたけれど 会場のドアは早い目に開けてもらえた。

しかし 大阪人は すごいぞ~~ 会場に入ってくる勢いがすごい。

会場が 大阪のおばちゃんの空気になってる。

せやのに

私の座った列は右も左もずいずいと 私以外は全部学生さん。

学校の授業の一環で先生引率の元来られた様子。なんていい学校!

けど 私が完全に 学生さんの団体を寸断してるし・・・ま いいか。

2回公演と言うことで 完全に土曜日と勘違いしてチケットはマチソワで購入し

あとで金曜と気づいたわけで、初めから平日と分かっていたら

休めるかどうか分からんから マチネは予定してなかったかも。

だから 学生さんの真ん中に座ったのも偶然だし

役者さんのお見送りに出会えたのもラッキー

そして、そして、四国から来られた知人に久しぶりにお目にかかれた!ほんとラッキー。

お話もできた 嬉しかった!!通じ合う思いが 嬉しいのです。

考えてみると曜日の勘違いは必然やったのだ。お昼来れてよかった。

感想・・・・ぶっちゃけ言ってしまうと

このリバイバルアテルイは 今日の2ステージでやっと4回観たんやけれど

どうしても 初演を思い起こしてしまうのです。

歌はつい口を動かしてしまう。

けれど 何か 違いを感じてしまう。

今日はね 目の前にステージフロントスピーカーってんですか?

四角いものがあってね、そこから声がよ~く聞こえて来た。

これまでのホールにもそういうのあったのかな 気付かなかったけれど

今日は ヒラテが笛?を吹くときの 息遣いが聞こえた。

それくらい近くに四角いものがあったからか 歌声がより一層響いてきて 

聞く都度感動がよみがえるのです。

歌が すごく良くなった と感じた2ステージやった。

だけどね 踊れてない あと一歩 太鼓が響けてない そんな感がぬぐえない。

そう書いたらあかんよね。あかんあかん でも やっぱりそれが本心かなあ。

今日 わらび座を20年ぶりくらいに観た知人は 

ひさしぶりに観たけど 感動した 良い作品やった!太鼓すごかった!と

そんな感想やった。そうなんよねえ 初演を見てない人は そうやと思う。

だって 良かったもんね。感動したんよ。

ただ、こんなもんじゃあない と思う これがアカンのやね。

役者さんたち一人一人は すごくステキやねん。私は 好き。

けど 何がどうなんやろなあ。この10年前の興奮を懐かしむ気持ちがなあ・・・・。 

すみません ごめんなさい。本当に。

http://ameblo.jp/manekineko-boo

オムライス&串カツ

クレオ大阪中央に行きまして

帰りは知人が車で来て居られたので 同乗させていただきました。

帰路途中、何か食事をと言うことになり

偶然見つけた かわいらしい洋食屋さんに入りました。

オムライスセットを頂きましたがカメラを持っていなかったので

うまく説明できませんが、オムライスにゆで野菜と揚げ物のセットです。

揚げ物は 実は串カツがご自慢だとの事で 

牛肉串カツ3本セットで950円でした。

おいしかった!

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2011年11月27日 (日)

写真

どうして 写真と記事の関係がうまくいかないんやろう。

わかりません。

もう1つ挑戦 西明寺にある槇の木の写真です。

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樹齢約700年。この700年と言うのはどの時点なんやろう と

そんなことが気になってしまいました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%98%8E%E5%AF%BA_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82)

西明寺はWikiによると、 『天長年間(824年834年)に空海(弘法大師)の高弟 智泉大徳が神護寺の別院として創建したと伝える。その後荒廃したが、建治年間(1175年1178年)に和泉国槙尾山寺の我宝自性上人が中興し、本堂、経蔵、宝塔、鎮守等が建てられた。

正応3年(1290年)神護寺より独立した。さらに兵火により堂塔は焼亡したが、慶長7年(1602年)に明忍律師により再興された。現在の本堂は、元禄13年(1700年)桂昌院の寄進により再建されたもの。』

だそうで、槙の木は自性上人の手植えなんですて。神護寺より独立した1290年ごろに植えられたものなら 720年経つし 本堂が建てられたときならば833年やしなあ。

約700年てことは 800年になるまでは700年てことかなあ

この看板はいつ立てられたのかなあ とか 

どうでも良いことなんですけどね。

紅葉狩り 京都 高雄三尾めぐり

高齢の母と叔母から 紅葉狩りに行きたいが

交通が不案内なので 一緒に行ってほしい と相談がありまして。

交通費など全部出すからと 予定のない休日のお誘いだったので

方向音痴の私でもきっと役に立てると 実はおいしいお誘いにありがたく乗らせていただきました。

まずは京都駅まで行き、JRバス高雄京北線に乗ります。

事前に高雄フリー乗車券と言うのがある事を調べていたので

京都駅中央口から出てすぐに右手に見える チケットセンターに行ったのです。

列に並んで切符を買い、トイレを求めて駅ビルに戻り、地下を探索したあと

JRバス3番乗り場まで行くと なんと紅葉シーズンだからか 乗り場のところでフリー切符の特設販売してました。

バスを待つ人の列もそこそこ長いんですが、臨時バスも出ているので そんなには待ちません。それより、1本見送ってでも 座席を確保できることが大事でした。

臨時バスなら30分ほど、定期便だと1時間ほど乗るので、座席でないと高齢者にはきつかったと思います。

休日ダイヤからか 多く出ているのは立命館大学経由栂ノ尾行きです。

栂ノ尾には高山寺、その1つ手前 槇ノ尾には西明寺、もう1つ手前が神護寺とそれぞれに有名寺院があるのですが、

今回はとりあえず神護寺が目的だというので 終点までは乗らず 山城高雄で降りました。

結果的にはこれが正しい選択でした。

山城高雄のバス停から神護寺までの道での風景

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本堂の鬼瓦 かわらけなげの景色

さて 神護寺で紅葉を楽しんだあとは

すぐ下の硯石亭で暖かいおそばを頂きました。

こういうところでの食事って 町との価格の差の割りに

お味はしれてたり 量も少なかったりするし 本当はお弁当でも広げたかったのですが

バス停からの道は 参道と言っても良いような一本道で 

お弁当を食べれるような場所もないし お店にはいるしかないって雰囲気です。

けど、この量でこのお値段?って感想は大阪人ですから確かにありますが

お味はおいしかったです。それに やっぱりあったかいものは良いですね~

で 清滝川べりまで降りて来て、そのまま川沿いに西明寺まで行けると分かり、

時間にも余裕があったのでバスには乗らず歩いて三尾めぐりに決定。

次の西明寺に程なく到着しましたよ。本堂の鬼瓦です。

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西明寺~高山寺の道は 川ぞいの道から街道に出ました。

歩道のない道路、皆さん左側通行です。高山寺が左にあるからでしょうが

道はカーブも多いので やっぱり右側通行しないとね。

車は左 人は右 と小学生の時に習いました。

高山寺の表参道入り口です。

高山寺の中は 物静かで広くて・・・・

「華厳浄土」にふさわしい環境と表現されている通りです。

母たちも疲れて来てたので石水院の中には入りませんでしたが

あとで石水院のなかに 鳥獣戯画の複製があったんやと知りました。

看板を見た時点でこの挿絵に気付いてたのやから

思い立つべきでした。

歴史に弱い事、 下調べが中途半端で詰めが甘いことが露呈しました。

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バスチケットを買ったときにもらった地図。

ちゃんと活用できなかったけど 高雄保勝会の尽力はすごいです。

どの道にもごみ1つ落ちてませんでした。

結局、神護寺→西明寺→高山寺と歩いたので、高雄フリー乗車券を

乗り降り自由に使うことはなかったけれど、往復料金よりも安いので お得でした。

それに、神護寺だけで止めてそこからバスで帰っていたら、栂ノ尾からで座席は満席になるので座れませんでした。

また、私たちとしては阪急電車が便利なので往路大宮から乗ることもできたけど それも同じ理由で選択しなかったことは賢明でした。

帰りは 四条大宮でバスを降り、阪急電車で帰りました。

JRの駅は 人がとっても多いし、乗り換えも大変なのでそれも正解。

何もかも 思惑がうまく行ったのでありました。

2011年11月23日 (水)

一日研修

今日は一日研修でした。

午前2コマ 午後2コマの計4コマです。どれも有意義な最新情報の講義ばかり!

こういう場合は 食後の時間 3コマ目は どうしたって眠気が襲ってくるものですが

今日は 全くそういう事になりませんでした。

3コマ目の先生は 上野一彦先生。

お話は資料の内容以上に豊富だし

とても聞き応えある内容だったので

睡魔の付け入る隙がなかったのかもしれません。

研修の内容は書きませんが

有意義な勤労感謝の日でした。

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